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学校に押しつぶされるもの

 学校というものは、人間が人間として成長するために、必要不可欠な場所である。
 そこでは主に勉学を、そして強調性を学ぶ。
 協調性は、人間(特に日本人にとっては)大切なものである。
 学校のカリキュラム、および方針は、多かれ少なかれその協調性を学ばせようとする。

 だが、学校というものは、協調性と同時に個性をなくす場所である。
 これはもちろん極論だ。学校(教師)は生徒それぞれの個性を伸ばそうとする。子供たちのいいところを探し、褒め、伸ばすことを心がける。
 ただ、それだけで子供の個性を伸ばすことはできるのだろうか。
 そもそも、個性とは何なのか。

 皆で同じ方向を向き、授業を受ける。
 集団行動を意識させる。
 前へならう。

 皆と同じ行動をしない、できない者ははじかれ、いじめられる。

 もちろん、天邪鬼になれと言っているわけではない。
 何度も言うが、協調性は生きていく上で大切なものだ。
 ただ、協調性を意識するあまり、どうしても「他の何か」が犠牲になっている感が否めない。
 皆で同じような行動をとることで、安心できる場所。
 所属できる場所。
 認められる場所。

――学校。

 そう。ほんの少しだけ、他の生徒と違っていただけだった。
 今の言葉で言うなら、「空気の読めない人間」だったかもしれない。
 ……僕は学校からはじかれた。
 協調性を大切にする彼らは、一人がいじめれば皆でいじめた。
 それが、協調性?
 それが、学校の教えたかったもの?

 僕は、学校に、押しつぶされた。

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